大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和50年(行コ)6号 判決

控訴人 五十嵐喜吉

被控訴人 関東郵政局長

訴訟代理人 藤堂裕 田井幸男 ほか五名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴人訴訟代理人は、「原判決を取り消す。東京郵政局長が控訴人に対してした昭和四六年九月一一日付停職四月の懲戒処分を取り消す。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」旨の判決を求め、被控訴人代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張及び証拠関係は、次のとおり附加訂正するほか原判決事実摘示と同一であるから、これを引用する(但し、原判決三枚目裏六行目に「巌郵便局」とあるのは「蕨郵便局」と、同一〇枚目裏一〇行目に「国公法」とあるのを「国家公務員法(以下「国公法」という。)」とそれぞれ訂正する。)。

(控訴人訴訟代理人の陳述)

一  原判決二枚目裏一〇行目に「軽微であるから、これ」とある部分を「軽微であり、他方、蕨郵便局の管理者側に責められるべき事由(その詳細は、後記抗弁に対する認否及び反論の項で述べる。)があつたから、右行為」と訂正する。

二  同一三枚目表五行目に「持ち去つたのである。」とある次に「そもそも企業別組織をたてまえとするわが国の労働組合にとつて、団結権を維持し、充分な組合活動を行うためには、一定の範囲内で企業施設を利用せざるをえないのであり、当該利用が施設管理上並びに業務運営上支障がなく、他方、組合活動にとつて欠くことができない場合には、使用者は組合による企業施設の利用を受認する義務を負つているのであるから、並木局長の前記行為は組合活動に対する不当な弾圧以外のなにものでもないというべきである。」を加入する。

三  同一三枚目表六行目に「この」とあるのを「状差し撤去の」と訂正する。

四  同一四枚目表一〇行目から一一行目にかけて「これは、」とある次に「状差し撤去の不当性を明らかにし、その返還を求めるため、午前九時半ころから並木局長と組合の富田美治執行委員との間で話合いがされたものの、その結果は組合員らの満足すべきものでなかつたため、」を加入する。

五  同一四枚目裏六行目に「その余を否認する。」とある次に「組合員の抗議の結果、並木局長は、午前一二時ころ状差しを返還し、あわせて、同日の勤務終了後組合員に対し説明する機会を持つことを約束したが、同日午後一時三〇分から開かれた局長と組合員との話合いの席上、局長は前言を翻えし、勤務終了後の説明は行わないと述べ、約束を実行しなかつたため、組合員の管理者に対する不信感、怒りは頂点に達し、以後連日に亘り抗議行動を展開することとなつたのである。右行為は労働組合員として当然の行為であつて、なんらの違法性もないというべきである。」を加える。

六  同一六枚目表三行目に「その余を否認する。」とある次に「渋谷調査官は、従前から、本件組合との紛糾の過程において組合員に対する懲戒処分の理由となるような事故を誘発し、ないしはでつちあげる機会をねらつていたのであるが、たまたま本件紛糾において目立つた行動をとつていた控訴人が同調査官の傍を通つて二階から三階へ赴こうとした際、ことさらに控訴人と接触するような挙動をとり、かつ、接触するや否や自分で尻餅をついて、あたかも控訴人の暴行によつて倒れたようにみせかけたものにすぎない。」を加える。

(被控訴人代理人の陳述)

前記五の控訴人の主張事実は争う。並木局長は、五月一三日午前一一時三〇分ころから午前零時二四分ころまでの間及び午後一時三〇分ころから午後二時四〇分ころまでの間、それぞれ職員代表と十分意を尽した話合いを行い、状差し撤去の根拠などを説明したところ、職員代表が局長の説明はよく判つたので、皆に伝達するというので、このうえ全員に対して重ねて説明をしても、同じことを繰り返えすだけであり、かえつて再び職場の規律、秩序を乱す事態に陥ることも予想されたので、勤務終了後の全員に対する説明を中止したのであつて、決して不誠実な態度に出たものではない。かえつて、控訴人らの抗議行動こそ正当な組合活動の範囲を逸脱したものといわなければならない。

(証拠関係)〈省略〉

理由

当裁判所も控訴人の本訴請求は棄却すべきものと判断するが、その理由は、次のとおり附加訂正するほか原判決理由説示と同一であるから、これを引用する。

一  〈省略〉原判決一九枚目裏一行目に「組合の状差し」とある次に「(一つは縦約三五センチメートル、横約一七五センチメートル、他の一つは縦約六〇センチメートル、横約九〇センチメートル)」を、同二〇枚目表九行目に「証拠はない。」とある次に「控訴人は、組合が昭和四六年二月ころ状差しを同局二階休憩室に設置したのに対し、当局側からなんらの異議もなかつた旨主張する。しかし〈証拠省略〉中状差しが控訴人主張の時期ないし前記撤去の相当以前の時期に設置されたとする部分はいずれも信用できず、かえつて、〈証拠省略〉によれば、昭和四六年五月一二日以前には、状差しは前記場所に設置されていなかつたことが認められるから、当局側の異議の有無を問題とする前提を欠くものといわなければならない。」とそれぞれ加入する。

二  〈証拠省略〉同二二枚目裏五行目に「勤務を欠いたこと」とある次に「(なお、その後も、午前一〇時三〇分ころ郵便課職員近藤孝一が他の同課職員一〇数名に対し、出発準備が完了しても、はつきり話がつくまで出発するなと使嗾し、宮崎課長の就労命令に従わない状態が続いた。)と、〈証拠省略〉をそれぞれ加入する。

三  同二五枚目表五行目に「約一〇名は、」とある次に「並木局長が前日の勤務時間終了後に行うことを約束した説明を拒否したことに対し抗議するため、」を、同二五枚目裏三行目に「認めることができる。」とある次に「原審における控訴人本人の供述中右認定に反する部分は信用できない。」をそれぞれ加入する。

四  同二五枚目裏七行目から八行目にかけて「認めることができる。」とある次に「原審における控訴人本人の供述中右認定に反する部分は信用できない。」を加入する。

五  〈証拠省略〉同一〇行目に「第二郵務部電気通信業務課」とある次に「第二」を、同二七枚目表七行目に「と言い」とある次に「(当時三階の食堂入口にコーラの自動販売機が設置されていた。)」をそれぞれ加入し、同二七枚目裏四行目「小走りでくるや、」とある部分を「小走りできて、」と訂正し、同五行目「き出し」とある次に「た姿勢で」を附加し、同六行目「体当りをした」とある部分を「強くぶつつかつた」と訂正し、同一〇行目の冒頭から二八枚目表四行目末尾までの部分を次のとおり訂正する。

「以上の事実を認めることができる。

これに対し、控訴人本人は、原審及び当審における本人尋問(当審は第一回)において、おおむね次のように供述する。すなわち、『五月一八日は、郵便課職員の勤務時間終了後、職員六〇名位が三班に分れ、第一班は表門、第二班は裏門にそれぞれ座り込み、第三班は局舎内を遊動して各個に管理者を引き付け、これにより監視体制を分断することとし、第三班の右行動によつて生じた監視体制の間隙を縫つて、職員らが一斉に局長室前廊下に座り込むという計画が立てられ、控訴人は第三班に配属された。控訴人は、午後五時ころ、三階にいる職員に連絡するため前記階段を上ろうとしたところ、前記渋谷調査官及び上沢事務官(向つて左側が渋谷、右側が上沢)が階段上に立つて、通行を阻止していた。控訴人は、一、二の問答を交わした後、通りますよといつて、渋谷と向つて左側の壁面との間を通過すべく、身体の左側を横半身にして、ゆつくりと階段を上りかけたところ、渋谷が控訴人の方に寄つてきたため、控訴人と渋谷の身体が触れた。そのとき、控訴人が渋谷を押し返したり、突き飛ばすということはしなかつた。控訴人が通過した後、痛いという大声が二回聞えたので、振り返つてみると、渋谷が手を尻に敷いてしやがみ込んでいた。』というのである。

1  しかし、控訴人が渋谷とぶつつかる前に同人と一、二の問答を交わした後、通りますよといつて階段を上ろうとした旨の控訴人本人の供述部分は、〈証拠省略〉と対比し、とうてい措信できない。

2  また渋谷と左側壁面との間隙を通り抜けようとした旨の控訴人本人の供述部分も、前掲証拠に照らし信用し難い。なるほど、前掲甲第一号証の三(〈証拠省略〉)の写真には、控訴人が左側壁面に左手及び左上半身を接触させている状況が写つているが(その人物が控訴人であることは原審における控訴人本人尋問の結果によつて認められる。)、このことから控訴人が渋谷と左側壁面との間を通過しようとしたと即断すべきではなく、むしろ、〈証拠省略〉によれば、右の写真は、渋谷が転倒した直後のものであつて、控訴人が渋谷にぶつつかつた反動でよろめいて、左側壁面に左手及び左上半身をもたれさせた状況を示すものと認められる。

3  控訴人本人は、渋谷の脇を通過した後に、渋谷の声を聞き、転倒した姿を目撃したと供述するが、前記写真に示されているとおり、控訴人は、渋谷の転倒時には渋谷の手前に位置していたのであるから、渋谷の声を聞き、かつ転倒した姿を見たとすれば、右の位置において見聞きしたはずである。それ故、控訴人の前記供述部分も信用することができない。

4  控訴人は、渋谷と身体が接触したこと自体は否定しない。

ただ、控訴人が積極的に渋谷を押し返したり、突き飛ばしたりはしなかつたと供述する。しかし、仮に控訴人が三階へ上ろうとして上記行動に出たものであるとしても、前記のように階段の途中に渋谷と上沢が立ち塞がるような形で並んで立つている状況の下においてこれを突破するためには、そのいずれかの身体に強くぶつつからざるをえないものと認められるのであり、控訴人はもとよりこれを認識して右行動に出て、渋谷と強くぶつつかつて同人に尻餅をつかせたものと認めざるをえない。この認定を支える証拠は、〈証拠省略〉であるが、以下に右証拠の意義、これを採用すべき所以などにつき、控訴人の主張と関連させながら若干ふえんして説明を加える。

(1)  〈証拠省略〉が示している状況がどのようなものと認められるかについては前述した。

(2)  〈証拠省略〉を仔細に検討しても、その信憑力を減殺するような不合理性、不可解性などを見出すことはできない。控訴人は、渋谷が従前から組合との紛糾中に組合員と身体が触れ合つた場合に、故意に転倒し、負傷したかのように見せかけ、よつて組合員に対する懲戒処分の理由をでつち上げようと考えており、控訴人に対し、その考えを実行に移した旨主張するが、〈証拠省略〉中渋谷の行動がでつち上げではないかと感じられたという部分は、単なる主観的な印象を述べるにすぎないものであつて、もとより証拠価値は低いものであり、〈証拠省略〉中控訴人の主張に添うような部分も具体性を欠き、心証を惹くに足る資料とはし難く、他に控訴人の主張を裏付ける証拠はない。もつとも、〈証拠省略〉によれば、渋谷は受傷部位の痛みがひどくなつたので、五月一八日午後八時一〇分ころ蕨市内の医師前島毅方に診療を受けに赴いたことが認められるところ、〈証拠省略〉には、渋谷が『左胸部、肩部ヲ他人ヨリ圧打サレタトテ来診」したが、「自覚症ノミニテ視診並ビニ胸背部理学的所見ナシ」との記載があり、〈証拠省略〉にも、渋谷が「先刻局内にて一局員に胸部を突打され、胸痛がある」と訴えたが、「当時一般状態良好で胸部理学的所見異常を認めず」との記載があるが、いずれも左臀部及び腰部傷害の記載がないことが明らかである。しかし、〈証拠省略〉によれば、〈証拠省略〉は、控訴人が昭和四六年九月一一日本件処分を受けた後、前島医師において、控訴人から自分は渋谷に対しなんら暴行に及んでいない旨の弁疏を聞いたうえ記述したものであること、同医師は、昭和四六年五月一八日渋谷を診察した当時、診療録を作成せず、〈証拠省略〉作成に当つて診療録を参照するに由なかつたことが認められるから、渋谷の左臀部受傷の訴え及びこれに対する診察の結果に関する前島医師の記憶の喚起が右弁疏によつて影響された可能性がないとはいえず、また、〈証拠省略〉によれば、〈証拠省略〉は、前島医師が本件の原審に証人として喚問される予定を控訴人から聞いてから作成したものであることが認められるところ(なお、記録によれば、〈証拠省略〉が書証として提出されたのは原審の昭和四九年二月二六日の口頭弁論期日においてであることが認められるから、同日以前にその作成を了したことが明らかである。)、右〈証拠省略〉作成のもととなつたというメモそのものはすでに廃棄されてしまつたというのであつて、はたして真実メモが作成されたのか疑いをさしはさむ余地がないとはいえない。要するに、〈証拠省略〉は、渋谷受診当時の同人の訴え及び前島医師の診療の結果を完全に記述した書証としての信憑力につき状況的保障を欠くという難点があるといわなければならないから、〈証拠省略〉を根拠にして、渋谷が左臀部及び腰部の傷害を受けていず、したがつて、控訴人の暴行なるものも渋谷の捏造であると断定することは許されない。〈証拠省略〉も、以上の認定、判断を左右するものではない。

(3)  現認書〈証拠省略〉を比較対照すると、控訴人の行動に関する記述が三者ともすこぶる近似していることが明らかであり、また、〈証拠省略〉によれば、渋谷、上沢、有村三名は、いずれも五月一八日午後七時四〇分ころから局長室において、現認書を作成したものであることが認められるから、三名が相互にことがらの経緯を話し、確認し合つて記述した可能性を全面的に否定することはできない。しかし、現認書はその作成者が同一時刻に同一場所に居合わせた他人との話合いの中で、自分の直接認識した事実から合理的に推認しうる事実を確認したり、あるいは、自分の直接認識した事実ではないが、これと抵触しない事実を蒐取したりしたものを部分的に含んでいたとしても、もとよりその証拠能力を否定されるべきものではなく、その証拠価値は、他の証拠との総合において評価、判断されるべきものであり、控訴人の主張するように、作為の可能性と内容の類似性のみから作成者らが相謀つてことさらに虚構の事実を記載したものとの疑を挾むべきものとすることはできない。

(4)  〈証拠省略〉によれば、渋谷は五月一八日前島医師のもとから帰局したが、痛みが止まらないため、同日午後九時ころ局を出てタクシーで東京逓信病院に赴き、当直医師の診療を受け、さらに翌一九日同病院の医師根本巌の診療を受けたこと、右各医師によつて正規に記載された診療録によれば、右両日当時の渋谷の病症として、腰部に内出血ないし皮下出血はなく、腫脹も他覚的には明瞭でなく、ないしは存在しないが、患者の自覚痛があつたこと、根本医師の発行した五月一九日付診断書には、左臀部打撲及び腰部捻座、加療七日を要する旨記載され、右は同医師の医学的所見を客観的に記述したものであることが認められ、叙上の事実関係のもとでは、渋谷が前認定のような傷害を被つたと認定するのが相当である。

5  〈証拠省略〉によれば、渋谷が昭和四六年五月二〇日過ぎころ、控訴人が前記傷害の件で告訴したが、不起訴となり、渋谷は昭和四七年三月二二日付で不起訴処分の通知を受けたことが認められるが、不起訴処分の理由も証拠上定かでなく、したがつて、不起訴の一事により控訴人の前掲供述が真実に適合すると認めなければならないものではない。また、控訴人本人は、当審における第二回本人尋間において、前記告訴事件を担当した元蕨警察署警備部長大塚松作が昭和五一年八月中、控訴人及び控訴人訴訟代理人吉永満夫弁護士に対し、控訴人の取調当時、傷害事犯を否認していた控訴人が嘘をついているようにはおもえなかつたと述懐していた旨供述するが、〈証拠省略〉に照らすと、大塚が控訴人本人の供述するように明瞭に言明をしたか疑わしく、控訴人本人の前記供述はそのまま信用することはできない。

6  以上検討したところによれば、冒頭に摘記した原審及び当審における控訴人本人の供述(当審は第一回)は、その全体に亘つて信用できないものというべきである。

また、五月一八日の控訴人の行動に関する前記認定に反する〈証拠省略〉は信用できず、他に前記認定を左右するに足る証拠はない。」

六  同二八枚目裏四行目に「二号後段」とあるのを「二号前段」と訂正し、同五行目に「4の行為は、」とある次に「国公法九八条一項、一〇一条一項及び」を、同二九枚目表一行目に「八二条」とある次に「一号、」をそれぞれ加入し、同表一行目に「該当する。」とある次に左のとおり加入する。

「前記郵政省就業規則は、郵政省に勤務する一般職に属する国家公務員であつて、公共企業体労働関係法二条一項二号イに掲げる事業に係るものの就業に関し郵政大臣が定めたもので、これらの者につき適用される労働基準法八九条にいう使用者の作成する就業規則としての性質および効力を有するものであり、同規則四条に定める事業場において服務する職員は、その服務関係において右規則に拘束され、これを遵守すべき法律上の義務を負うものである。その故、職員が右規則に違反した場合は、国公法八二条一号ないしは二号に該当するものといわなければならない。

七  同二九枚目表三行目に「二号後段」とあるのを「二号前段」と訂正する。

八  同二九枚目裏二行目「したがつて、」から同九行目「免れない。」までの部分を次のとおり訂正する。

「すなわち、後記3で説示するように、郵便局施設は国の公用財産に属する公物であり、かかる公物の一部につき第三者による使用を許すかどうかは、もつぱら当該公物の管理権者において右使用が右公物の設置目的に反しないかどうかの観点から決すべきものであつて、管理権者による右使用の許可ないしは承認がない限り、第三者はかかる公物の使用権を有するものではなく、第三者による無断使用があつた場合、管理権者はこれを排除するために必要かつ適当な措置をとることができるのである。このことは、組合が組合業務の一環としてその物品を公物たる右施設内に置くなどしてこれを利用する場合でも異なるものではなく、控訴人の主張するように、組合活動上使用者の施設の一部を使用することが必要ないし便宜であるからといつて、当然に組合がかかる使用権を有し、使用者(管理者)が右の使用を受忍しなければならない義務があると解することはできない(のみならず、〈証拠省略〉によれば、本件状差しの設置は組合の指令に基づいてされたものではないことが認められるから、控訴人の上記一般的な主張は本件における状差し設置を正当化する根拠とはなりえない。)。それ故、本件施設の管理権者である並木局長は、その管理権に基づき右施設の一部である休憩室内に無断で置かれた状差しを施設の目的に支障があるものとして撤去することができるのであり、仮にその方法として組合に通告して任意に撤去させた方が穏当であつたといえるとしても、同局長がそのような方法をとらないで自己の手でこれを撤去し、組合の所有物として別の場所に一時これを保管するという処置に出たからといつて、これを違法、不当な措置ということはできない。並木局長の右措置を目して組合活動に対する不当な弾圧であるとする控訴人の主張は、とうてい採用できない。」

九  同三〇枚目表一〇行目に「八二条」とある次に「の前記」をそれぞれ加入する。

一〇  同三三枚目表四行目から同七行目「及んだのである。」までを次のとおり訂正する。

「控訴人は、正当な理由のない者を局長室のある三階に上げないようにとの指示を受けて、二階から三階に通ずる階段の途中に上沢調査官と並んで立つている渋谷調査官に対し、なんら正当な理由がないのに、不意に下方から強くぶつつかり、同人をして後方に尻餅をつかせ、傷害を負わしめるという暴力行為に及んだのである。」

一一  同三三枚目裏一行目に「該当する。」とある次に、行を改めて左のとおり加入する。

「5 控訴人は、控訴人らの行動は組合の正当な抗議行動ないしは団体交渉というべきものであるから違法性はないと主張する。

しかし、前記二ないし四の控訴人らの行動は蕨郵便局郵便課職員のみの行動であり、〈証拠省略〉によれば、前記五、七の控訴人らの行動には他課の職員も若干参加したこと(但し、前記五の場合は、保険、貯金課の職員は参加しなかつた。)が認められるものの、その数は前記五の場合は総数約四八名、前記七の場合は総数約二〇名に止つたことは前認定のとおりである。しかも、〈証拠省略〉によれば、控訴人らの行動には組合執行委員富田美治が加わつた場合もあつたが、組合の指導と統制のもとに展開されたものでないことが窺われ(〈証拠省略〉中右認定に反する部分は信用できない。)、控訴人らの行動を組合の意思に基づいた統一的な組織的活動と評価することはできない。のみならず、前記二の控訴人らの行動を正当な抗議行動ないし団体交渉とはいえないことは前説示のとおりであり、また、前記三、四、五、七の控訴人らの行動も、その目的は前記二のそれと同様に並木局長の状差し撤去の措置に対する理由のない抗議を行うためであり、手段方法、規模などの態様も、多数を恃み、大声を挙げて上司に抗議し、上司及び他の職員の執務を妨害したり、上司の解散、退去命令を無視して、無許可示威行進あるいは集団座り込みを行い、その間シユプレヒコールや歌の合唱をして局舎の内外に喧騒な状況を現出させたものであつて、これまたとうてい正当なものということはできない。されば、控訴人の前記主張は失当というほかない。

一二  同三三枚目裏二行目に「5」〔編注:月報では「3」となっているが印刷、ミスである〕とあるのを「6」と、同四行目「極めて重い」とある部分を「軽からざるものである」と、同五行目「合わせて」から同七行目までを「合わせて考察するときは、被控訴人がこれらの情状を評価して控訴人を本件停職処分に付するのが相当であると判断しても、これをもつて著しく不相当であり、懲戒権の行使につきその裁量を誤つた違法があるとすることはできない。」と各訂正し、その次に左のとおり加入する。

「控訴人は、蕨郵便局の管理者側に責められるべき事由があつたことを挙げて本件処分が裁量権を逸脱したものであると主張する。しかし、上来認定、判断したとおり、昭和四六年五月一三日の紛議の発端となつた組合の状差しは本来局舎二階の休憩室に置くことができないものであつて、並木局長が状差しを撤去したことは適法であり、撤去について組合に通告しなかつたからといつて、必らずしも不当な措置とはいえず、しかも並木局長は郵便課職員の要求に応じ、前同日の午前一一時五〇分ころにはすでに状差しを返還していること、また、並木局長は前記職員の抗議に対し、勤務時間中二度に亘つて前記職員の代表と話し合い、事態収拾の努力をしており、ただ一旦約束した前同日の勤務時間終了後の全員に対する説明は、これを行うことによつてかえつて再び職場の規律、秩序を乱すような事態に陥ることも予想されるという事情から、実行を拒否したのであつて、これを不誠実と断ずることはできないこと、それにもかかわらず控訴人らはあくまでも並木局長の謝罪を要求して前記のような抗議行動を継続したものであることを考えるときは、蕨郵便局の管理者側に責められるべき事由があるとして本件懲戒処分の不当性を強調する控訴人の主張は、失当というほかはない。」

以上の次第であつて、原判決は相当であつて、本件控訴は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九五条、八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 中村治朗 蕪山厳 高木積夫)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例